行動コホート分析入門:特定のユーザー行動を起点とした分析
はじめに
プロダクトマネージャーの皆様にとって、ユーザーの継続的な行動を追跡し、プロダクトの改善に繋げることは重要な課題の一つかと思います。これまでの記事では、主にユーザーの登録や初回購入といった特定の時期(期間コホート)を起点としたコホート分析の基本的な考え方や活用法について解説してまいりました。
しかし、ユーザーの行動は、最初にプロダクトを利用した時期だけで決まるわけではありません。プロダクト内で特定の重要なアクションを実行したユーザーが、その後どのような継続パターンを示すのかを知ることは、より深いユーザー理解と効果的なプロダクト改善施策に繋がります。
本記事では、ユーザーの特定の行動を起点としてグループ化し分析する「行動コホート分析」について、その基本概念から具体的な分析の進め方、そしてプロダクトマネージャーがどのように活用できるのかを解説します。
行動コホート分析とは
行動コホート分析とは、ユーザーが特定のイベント(アクション)を実行したタイミングを起点としてグループ(コホート)を作成し、その後の継続行動を追跡・分析する手法です。
例えば、「特定機能Aを初めて利用したユーザー群」、「有料プランにアップグレードしたユーザー群」、「特定のチュートリアルを完了したユーザー群」などをコホートとして定義し、それぞれのグループがその後にどれだけプロダクトを利用し続けているか(定着率や継続率)、他の重要アクションを実行しているかなどを比較します。
期間コホートとの違い
基本的なコホート分析として多く用いられる期間コホートは、ユーザーがプロダクトに登録した週や月、あるいは初回購入した月などを起点とします。これにより、「いつプロダクトに触れ始めたユーザーが、どれくらい定着しているか」を把握できます。
一方、行動コホートは、ユーザーがプロダクト内で「何をしたか」という特定の行動を起点とします。これにより、「特定の重要な行動を実行したユーザーが、その後どれくらい定着しているか、あるいは特定のパターンを示すか」を把握することが可能になります。
簡単にまとめると、期間コホートは「いつ来たか」を軸にユーザーを分け、行動コホートは「何をしたか」を軸にユーザーを分ける分析と言えます。
なぜプロダクトマネージャーに行動コホート分析が必要なのか
期間コホート分析はプロダクト全体の健全性や新規ユーザーの受け入れ状況を把握する上で非常に有効です。しかし、プロダクトの特定の機能改善や、特定のユーザー層へのアプローチの効果を測る際には、行動コホート分析がより直接的なインサイトを提供します。
行動コホート分析を行うことで、以下のような疑問に対する答えを得ることができます。
- 特定のオンボーディングフローを完了したユーザーは、そうでないユーザーと比較して定着率が高いか?
- 新機能Xを一度でも利用したユーザーは、その後の継続率にどのような変化が見られるか?
- 初めて課金したユーザーは、どのくらいの期間で次の課金やリピート利用に至るのか?
- 特定の重要アクション(例: プロジェクト作成、商品リスト公開など)を実行したユーザーは、どのくらい継続する傾向があるか?
これらの情報は、どの機能がユーザーの定着に貢献しているのか、どの行動が離脱のサインとなり得るのか、ユーザーを優良顧客に育てるためにはどのような導線やインセンティブ設計が必要なのか、といったプロダクト改善の方向性を定める上で非常に役立ちます。
行動コホート分析の具体的な進め方
行動コホート分析は、基本的なコホート分析と同様の手順で進めることができます。
-
分析目的と問いの設定:
- 何を知りたいのか、具体的な問いを設定します。(例: 「チュートリアル完了は定着率にどう影響するか?」、「〇〇機能を週に1回以上使うユーザーは長く使い続けるか?」)
- この問いが、起点とする行動と追跡したい継続行動を明確にします。
-
行動コホートの定義:
- 分析目的で設定した問いに基づき、起点とする「特定の行動(イベント)」を定義します。
- コホートを分ける期間単位(日、週、月など)と、追跡する期間を設定します。例えば、「2023年10月中に初めて特定機能Aを利用したユーザー」を月次コホートとする、といった形です。
-
必要なデータの準備:
- 起点とする行動イベントの発生日時と、そのイベントを実行したユーザーを特定できるデータが必要です。
- 追跡期間における、継続利用や目標とする継続行動を示すイベントや状態のデータも必要です。(例: 週次のログインデータ、特定アクションの実行データなど)
- これらのデータは、ユーザー識別子(IDなど)で紐付けられる必要があります。
-
コホートテーブルの作成と集計:
- 起点行動を実行したユーザーを、その実行時期に応じてコホートにグループ化します。
- 各コホートについて、起点期間から経過した期間(週、月など)ごとに、継続しているユーザーの割合(継続率や定着率)や、目標とする行動を実行したユーザーの割合などを集計します。
- 集計結果は、一般的に表形式(コホートテーブル)やグラフとして可視化します。
-
結果の解釈と示唆の抽出:
- 作成したコホートテーブルやグラフを分析し、インサイトを抽出します。
- コホート間で継続率に差があるか、特定の期間で継続率が大きく低下するコホートはないか、などを確認します。
- 例えば、「チュートリアル完了コホートは、未完了コホートよりも3ヶ月後の定着率が20%高い」といった結果が得られれば、チュートリアル完了を促進する施策の重要性が示唆されます。
- 特定の行動を実行したコホートの継続率が低い場合は、その行動自体やその後の体験に問題がある可能性が考えられます。
プロダクト改善への活用例
行動コホート分析は、プロダクトの様々な側面で活用できます。
- オンボーディング改善: 特定の初期行動(例: 初回タスク完了、プロフィール設定など)を完了したコホートの定着率を追跡し、オンボーディングフローの有効性を評価します。完了率が低い重要アクションがあれば、その導線改善に取り組みます。
- 機能改善: 特定の機能(例: 共有機能、検索機能など)を初めて利用したコホートのその後の継続率や主要アクション実行率を分析します。利用開始したユーザーの定着率が向上していれば、その機能がプロダクト価値に貢献していると評価できます。逆に、利用開始後に定着率が低下する場合は、機能自体の問題や利用体験の悪さを疑う必要があります。
- グロースハック: 特定のバイラルループや紹介プログラムから流入したユーザーが、目標とする行動(例: 友人の招待)を実行したコホートのその後の行動を追跡し、グロース施策の効果測定に利用します。
- マネタイズ戦略: フリーユーザーが有料プランにアップグレードしたコホートの継続パターンや、アップグレード前にどのような行動をとっていたかを分析し、アップグレード促進施策の参考にします。
- 離脱予兆の発見: 特定の行動(例: 特定の失敗イベントの多発、利用頻度の急減)を起点としたコホートを分析することで、離脱しやすいユーザー群の行動パターンを特定し、未然に防ぐための施策を検討します。
ツールを使った行動コホート分析
多くのBIツールやプロダクト分析ツールには、イベントベースでのコホート分析機能が備わっています。これらのツールでは、起点となるイベント、コホートの期間単位、追跡期間、継続の定義(例: 特定イベントの実行、ログイン)などをGUI上で設定することで、比較的容易に行動コホートテーブルやグラフを作成できます。
Google Analytics 4 や Firebase Analytics も、特定のイベントを起点とした探索的なコホート分析が可能です。データ分析基盤が整っている場合は、SQLを使って直接データを抽出し、スプレッドシートやBIツールで集計・可視化することもできます。
重要なのは、利用するツールの機能に合わせて分析を組み立てるのではなく、分析目的と問いを明確にし、それに適したコホートの定義とデータの準備を行うことです。
まとめ
行動コホート分析は、ユーザーがプロダクト内で実行する「特定の重要な行動」に焦点を当てることで、期間コホート分析だけでは見えにくいユーザーの継続パターンやプロダクトに対するエンゲージメントの変化を深く理解するための強力な手法です。
特定の行動がユーザーの定着にどう影響するのか、どの機能改善がプロダクト価値向上に貢献しているのか、といった問いにデータで答えるために、行動コホート分析は非常に有効なアプローチとなります。
まずは、自社のプロダクトにおいてユーザーに取ってほしい最も重要な行動(コアアクション)や、ユーザーが最初に実行する特定のイベントなど、分析しやすいポイントから行動コホート分析を始めてみてはいかがでしょうか。そこから得られるインサイトが、きっと次のプロダクト改善のヒントになるはずです。