プロダクトマネージャーのためのコホート分析入門:ユーザー定着率を測る第一歩
なぜプロダクトマネージャーはユーザー定着率の分析にコホート分析が必要なのか
プロダクトの成長において、新規ユーザー獲得と同じくらい、あるいはそれ以上に重要視されるのがユーザーの定着率です。獲得したユーザーがサービスを継続して利用してくれるかどうかは、LTV(顧客生涯価値)に直結し、持続可能なビジネスの基盤となります。
多くのプロダクトマネージャーの方々は、月間のアクティブユーザー数や全体の定着率といった指標を日々追跡されていることでしょう。しかし、これらの集計された数字だけでは、「なぜ特定のユーザーグループはすぐに離脱してしまうのか」「どのようなユーザーが長くサービスを使ってくれるのか」「最近導入した機能は定着率にどう影響しているのか」といった、より深く具体的な疑問に答えることは困難です。
ここで力を発揮するのが「コホート分析」です。コホート分析を用いることで、ユーザーを特定の共通項(例:サービスを使い始めた時期、特定の機能を利用したグループなど)で区切り、そのグループ(コホート)ごとに時間の経過に伴う行動の変化を追跡できます。これにより、単なる集計値では見えなかったユーザー行動のパターンや、プロダクトがユーザーの継続利用に与える影響を、より正確に理解することが可能になります。
本記事では、コホート分析がユーザー定着率の分析にどのように役立つのか、その基本的な考え方と分析の第一歩について解説します。
コホート分析とは何か?定着率分析における意義
コホート分析とは、特定の期間やイベントで共通の体験をしたユーザーグループ(コホート)を抽出し、そのグループのその後の行動を追跡・比較する分析手法です。
例えば、「2023年1月にサービス登録したユーザーグループ」「特定の新機能Aを初めて利用したユーザーグループ」といったコホートを作成し、それぞれのグループが数週間後、数ヶ月後にどの程度サービスを継続利用しているかを追跡します。
従来の定着率分析が「サービス全体のユーザーのうち、今月も利用しているのは何%か」というスナップショット的な見方であるのに対し、コホート分析は「特定の始まりを持ったユーザーグループが、時間を追うごとにどう変化していくか」というジャーニーに沿った見方を提供します。
この時間軸に沿った追跡が可能になることで、以下のような定着率に関する重要な問いに答えるヒントが得られます。
- 新規ユーザーの初期定着率: サービス登録直後のユーザーは、どの程度の割合で2週目、1ヶ月目と継続利用するのか。初期のオンボーディングに課題はないか。
- 特定の施策の効果測定: キャンペーンで獲得したユーザーグループと、オーガニックで獲得したユーザーグループとで定着率に違いはあるか。新機能導入後に登録したユーザーは、以前のユーザーより定着率が高いか。
- 離脱パターンの特定: 多くのユーザーが登録から3週間後、あるいは特定の機能を使わなくなったタイミングで離脱する傾向はないか。
コホート分析は、ユーザーがプロダクトとどのように関わり、いつ、なぜ離脱するのかを理解するための強力な手段です。これにより、プロダクト改善の優先順位付けや、より効果的なユーザーエンゲージメント施策の企画が可能になります。
定着率コホート分析の基本構成要素と見方
定着率コホート分析で最も一般的に利用されるのは、時間軸を基準としたコホートです。ここでは、最も基本的な「初回利用月を基準とした月次定着率コホート」を例に解説します。
定着率コホート表は、主に以下の要素で構成されます。
- コホート(行): 分析の起点となる期間やイベントを共有するユーザーグループです。月次コホートの場合、「2023年1月にサービスを使い始めたユーザー」「2023年2月にサービスを使い始めたユーザー」といったように、コホートが登録月などで定義されます。
- 経過期間(列): コホートが定義された時点からの経過期間を示します。月次コホートの場合、「利用開始から0ヶ月後(=利用開始月)」「1ヶ月後」「2ヶ月後」... となります。
- 指標(セル内の数値): 各コホートについて、指定された経過期間におけるユーザーの状態を示す指標です。定着率コホートでは「定着率(継続率)」が最も一般的です。例えば、「2023年1月コホートの1ヶ月後」のセルは、2023年1月に利用を開始したユーザーのうち、2ヶ月目(利用開始から1ヶ月後)もサービスを利用したユーザーの割合を示します。
| コホート(利用開始月) | 0ヶ月後 | 1ヶ月後 | 2ヶ月後 | 3ヶ月後 | ... | | :--------------------- | :------: | :------: | :------: | :------: | :-: | | 2023年1月(N=xxx人) | 100% | 55% | 40% | 32% | ... | | 2023年2月(N=yyy人) | 100% | 60% | 45% | 35% | ... | | 2023年3月(N=zzz人) | 100% | 58% | 42% | 33% | ... | | ... | ... | ... | ... | ... | ... |
この表の見方として、まず行方向に見ることで、特定の月に獲得したユーザーが時間の経過と共にどのように定着していくか(または離脱していくか)のパターンを追跡できます。例えば、2023年1月コホートは開始1ヶ月後に55%、2ヶ月後に40%と定着率が低下していることが分かります。
次に、列方向(斜め方向に見ることもあります)に見ることで、異なるコホート間での同じ経過期間における定着率を比較できます。例えば、利用開始1ヶ月後の定着率が、1月コホートは55%だったのに対し、2月コホートは60%と高くなっています。もし2月に何かプロダクトやマーケティングに変更があったとすれば、その影響が出ている可能性を仮説として立てられます。
コホート分析から読み解くユーザー行動とプロダクト改善のヒント
コホート分析の真価は、得られたデータを基にユーザー行動のインサイトを引き出し、プロダクト改善の具体的なアクションに繋げる点にあります。
コホート表を分析する際に注目すべき点はいくつかあります。
- 初期の急激な定着率低下: 利用開始から1週間〜1ヶ月といった短い期間での定着率の落ち込みが大きい場合、オンボーディングプロセスに問題がある、プロダクトの価値がユーザーに伝わりにくい、といった課題が考えられます。ユーザーが最初の「Aha! モーメント」(プロダクトの価値を実感する瞬間)に到達できているかを検証し、フロー改善や機能の可視化を検討します。
- 特定の経過期間での定着率の落ち込み: 例えば、利用開始から3ヶ月後に定着率が大きく下がるコホートが多い場合、この時期にユーザーが直面するペインポイントや、継続利用を妨げる要因がある可能性が考えられます。競合サービスへの乗り換えが発生しやすい時期かもしれませんし、フリーミアムモデルであれば無料プランの制限が影響している可能性もあります。ユーザーインタビューや行動ログの詳細分析で原因を探ります。
- コホートごとの定着率の違い: 特定のコホート(例:特定のキャンペーン経由のユーザー、特定のチャネルからの流入ユーザー)の定着率が他のコホートより顕著に高いまたは低い場合、そのコホートの属性や流入経路、利用動機に特徴があると考えられます。定着率の高いコホートの特性を理解し、そうしたユーザーを増やすための施策を検討します。逆に、定着率の低いコホートについては、ターゲットの見直しやオンボーディングの最適化が必要です。
- プロダクト変更や施策の効果測定: 特定のプロダクトアップデートやマーケティング施策を導入した時期の前後に開始されたコホートを比較することで、その施策が定着率に与えた影響を定量的に評価できます。これは施策の成功・失敗を判断し、次のアクションを決定する上で非常に重要です。
これらの分析は、Google Analytics、Firebase、Amplitude、Mixpanel、またはTableauやLookerといったBIツールなど、多くのデータ分析ツールでコホート機能を利用して行うことができます。まずは手元のツールで、最も基本的な登録月コホートの定着率を確認することから始めてみてはいかがでしょうか。
コホート分析を始めるための第一歩
コホート分析を通じてユーザー定着率を深く理解するための第一歩は、以下のステップで進めることをお勧めします。
- 分析目的の明確化: なぜコホート分析を行うのか? 特定の施策の効果を知りたいのか、離脱パターンを特定したいのか、オンボーディングの課題を見つけたいのかなど、具体的な問いを設定します。
- コホートの定義: どのユーザーグループを追跡するかを決定します。最も一般的なのは「初回利用を開始したタイミング」ですが、「特定機能の利用開始」「特定プランへの登録」など、分析目的に応じて様々なコホートが考えられます。
- 追跡する指標の定義: 定着率(指定した期間内に再度利用したユーザーの割合)が基本ですが、特定の重要行動(例:購入、投稿、特定の機能利用)の実行率などを追跡することも有効です。
- データ収集と準備: 定義したコホートと指標に必要なユーザー行動データを収集・整理します。利用している分析ツールがコホート分析機能を備えているか確認します。SQLが使える環境であれば、カスタムコホートを作成することも可能です。
- 分析の実行と可視化: ツールを用いてコホート表を作成し、データを可視化します。
- 解釈とインサイト抽出: 作成されたコホート表やグラフを見て、定着率のパターン、異常値、コホート間の差異などを注意深く観察し、そこからユーザー行動に関する仮説やインサイトを抽出します。
- 次のアクションへの接続: 得られたインサイトを基に、プロダクト改善、マーケティング施策、コミュニケーション戦略などの具体的なネクストアクションを検討・実行します。そして、その施策が新たなコホートにどう影響するかを再度コホート分析で追跡します。
コホート分析は一度行えば終わりではなく、継続的に追跡することで、プロダクトや施策の変化がユーザー行動に与える影響を常に把握し、データに基づいた意思決定を支援してくれます。
まとめ
プロダクトの持続的な成長には、ユーザー定着率の向上が不可欠です。コホート分析は、ユーザーを特定のグループに分けてその後の行動を追跡することで、単なる集計値では見えなかったユーザー行動の深層や離脱の要因を解き明かす強力な手法です。
本記事でご紹介した基本的な月次定着率コホートは、コホート分析の出発点として非常に有用です。まずは、ご自身のプロダクトで利用開始時期を基準としたコホートを作成し、ユーザーがどのように定着し、いつ頃離脱する傾向があるのかを観察してみてください。
コホート分析を通じて得られる示唆は、プロダクトの課題特定、改善策の立案、そしてその効果測定に大いに役立ちます。ぜひ、コホート分析を日々のデータ分析ワークフローに取り入れ、ユーザー定着率向上に向けたデータドリブンなアプローチを推進していただければ幸いです。