コホート分析の扉

コホート分析の具体的な始め方:最初のコホートと指標の選び方

Tags: コホート分析, プロダクトマネージャー, データ分析, 定着率, データ活用

はじめに

プロダクトの成長には、ユーザーの継続的な行動を理解することが不可欠です。しかし、日々の多忙な業務の中で、「データ活用が重要だと分かっていても、どこから手を付けていいか分からない」「具体的にどのような分析をすれば、プロダクト改善につながるインサイトが得られるのか」といった悩みを抱えるプロダクトマネージャーの方もいらっしゃるかもしれません。

特にコホート分析は、ユーザーの継続性や特定の行動パターンを時系列で追跡する強力な手法ですが、「いざ始めようと思っても、どのユーザーグループ(コホート)を定義し、どのような指標を見れば良いのか迷う」という声をよく聞きます。

この記事では、コホート分析をこれから本格的に始めたいと考えているプロダクトマネージャーの皆様に向けて、最初に着手すべき具体的なステップとして、「最初のコホートの選び方」と「追跡すべき指標の選び方」に焦点を当てて解説します。基本的なデータ活用の経験はあるものの、コホート分析は初心者という方向けに、実践的な第一歩を踏み出すためのヒントを提供いたします。

コホート分析の基本を再確認する

コホート分析とは、特定の期間やイベントを共有するユーザー群(コホート)を定義し、そのコホートに属するユーザーの行動を経時的に追跡・比較する分析手法です。これにより、ユーザーの定着率や離脱パターン、特定の機能利用の変化などを、新規獲得時期や特定の属性別に把握することが可能になります。

なぜコホート分析が重要なのでしょうか。それは、単一期間のデータだけでは見えない「ユーザー行動の変化」や「プロダクト施策の効果」を捉えることができるからです。例えば、ある月の新規登録ユーザーは翌月どのくらい残っているのか、機能Aを使ったユーザーは使っていないユーザーと比べて定着率が高いのか、といった問いに答える上で、コホート分析は非常に有効な手段となります。

コホートには、主に「期間コホート」(例: 2023年4月に新規登録したユーザー群)や「セグメントコホート」(例: 特定のキャンペーン経由で登録したユーザー群)といった種類があります。

最初の一歩:分析目的を明確にする

コホート分析を始める上で最も重要な最初のステップは、「何のために分析を行うのか」、つまり分析目的を明確にすることです。目的が曖昧なまま分析を開始しても、膨大なデータの中で迷子になり、意味のあるインサイトを得ることは難しいでしょう。

まずは、ご自身のプロダクトが現在抱えている最も重要な課題は何でしょうか? * 新規ユーザーの早期離脱率が高いのか? * 特定の機能が十分に利用されていないのか? * 課金に至るユーザーの割合を増やしたいのか? * 特定施策(オンボーディング改善、キャンペーンなど)の効果を測定したいのか?

このように、解決したい具体的なビジネス課題や知りたい問いをリストアップすることから始めます。この目的によって、後述する「どのコホートを選び、どの指標を見るか」が決まってきます。

最初のコホートをどう選ぶか

分析目的が定まったら、次に「どのユーザー群をコホートとして定義するか」を検討します。コホート分析の最初の実践として最も推奨されるのは、「新規登録したユーザーを、登録時期(月・週・日など)で区切った期間コホート」です。

このコホートから始めることには、いくつかの理由があります。 1. プロダクト全体の健全性を把握しやすい: 新規ユーザーがプロダクトにどのくらい定着しているかを知ることは、プロダクト全体の初期体験や提供価値がユーザーに受け入れられているかを示す基本的な指標となります。 2. データの取得が比較的容易: 多くのプロダクトでは、ユーザーの登録日時データは蓄積されていることが多いです。 3. 他の分析の起点となる: 新規コホートの定着率を把握することで、「なぜこの時期のコホートは定着率が低いのか?」「他の時期のコホートと何が違うのか?」といった深掘り分析の起点となります。

コホートを区切る期間粒度(日、週、月)は、プロダクトの性質やユーザーの利用頻度によって選びます。 * 日次コホート: 利用頻度が高いプロダクト(例: ゲーム、SNS)や、短期間での効果測定を行いたい場合に適しています。変化を素早く捉えられますが、ノイズも多くなる可能性があります。 * 週次コホート: ある程度の継続性があるプロダクトや、曜日による利用パターンの影響を見たい場合に適しています。 * 月次コホート: 利用頻度が比較的低いプロダクト(例: 不動産、旅行予約)や、長期的なトレンドを追いたい場合に適しています。変動が少なく安定した傾向を捉えやすいです。

まずは月次や週次コホートから始めてみて、より詳細な分析が必要であれば日次コホートに進むのが良いアプローチです。

特定のイベント(例: 初回課金、特定機能の初利用)を起点とするセグメントコホートも非常に有用ですが、まずは基本的な新規登録コホートで分析のサイクルを回してみることをお勧めします。

追跡すべき最初の指標を選ぶ

コホートを定義したら、次にそのコホートのユーザーが「どのような行動を、どれくらいの割合で行っているか」を示す指標を選びます。コホート分析で最も一般的に、かつ最初の指標として推奨されるのは「定着率(リテンションレート)」です。

定着率とは、特定のコホートに属するユーザーが、起点となる期間から経過した後の期間もプロダクトを利用し続けている割合を示す指標です。例えば、「2023年4月新規登録コホートの1ヶ月後定着率」であれば、2023年4月に登録したユーザーのうち、2023年5月にもアクティブであったユーザーの割合を示します。

定着率は、プロダクトがユーザーに継続的な価値を提供できているかを示す直接的な指標であり、プロダクトの重要課題であるユーザーの離脱傾向を把握する上で不可欠です。

定着率以外にも、分析目的に応じて以下のような指標を追跡することもあります。 * 特定のキーアクション実行率: 例: 新規登録コホートのうち、1週間以内に主要機能Xを〇〇回以上利用したユーザーの割合 * コンバージョン率: 例: 特定のキャンペーン経由コホートのうち、1ヶ月以内に初回購入/課金に至ったユーザーの割合 * 平均利用頻度: 例: 特定コホートのユーザーが、経過期間において週平均でプロダクトを何回利用しているか

最初のうちは、最も基本的な「定着率」を中心に分析を進めるのが良いでしょう。慣れてきたら、特定の機能利用率やコンバージョン率など、目的に合致した他の指標を組み合わせて分析することで、より深いインサイトが得られます。

データ準備とツールの活用について

コホート分析を行うためには、少なくとも以下のデータが必要です。 * ユーザー識別子: 各ユーザーを一意に識別できるID * コホート分類に必要な情報: 例: ユーザーの登録日時、特定のイベント発生日時、特定の属性情報 * 追跡したいイベントログ: 例: ログイン日時、特定機能の利用日時、購入日時など、ユーザーの行動を示すデータ

これらのデータが、データウェアハウスや分析基盤に蓄積されているか確認しましょう。データが分散している場合は、統合が必要になることもあります。

BIツールやデータ分析ツール(Google Analytics, Firebase Analytics, Amplitude, Mixpanel, Tableau, Looker, etc.)の多くには、コホート分析機能が備わっています。これらのツールでは、ユーザー定義、コホート期間の設定、追跡指標の選択といった操作を行うことで、自動的にコホートテーブルやグラフを生成してくれます。ツールの機能を活用することで、SQLを直接書かなくてもコホート分析を行うことが可能です。まずは、お使いのツールにどのようなコホート分析機能があるか確認してみることをお勧めします。

まとめ:小さく始めて継続すること

コホート分析は、ユーザーの継続的な行動を理解し、プロダクト改善の重要なヒントを得るための強力な手法です。しかし、最初から全てのコホートや指標を分析しようとすると、複雑になりすぎて挫折してしまう可能性があります。

まずは、「新規登録ユーザーを月次コホートで区切り、定着率を追跡する」という最も基本的な形から始めてみましょう。これにより、プロダクト全体のユーザー定着の現状を把握し、ボトルネックの仮説を立てる基盤ができます。

分析は一度行えば終わりではありません。継続的にコホートの動向を追跡し、プロダクト施策の効果測定や、ユーザー行動の変化の早期発見に役立てていくことが重要です。

この記事が、プロダクトマネージャーの皆様がコホート分析を始める具体的な第一歩を踏み出すための一助となれば幸いです。ぜひ、ご自身のプロダクトでコホート分析を実践してみてください。継続的なデータ分析が、必ずやプロダクトの成長につながるはずです。