コホート分析の扉

コホート分析に必要なデータは?:基礎から理解するデータ準備

Tags: コホート分析, データ準備, データ収集, プロダクトマネージャー, データ活用

コホート分析は、特定の共通項を持つユーザーグループ(コホート)の行動を経時的に追跡することで、ユーザーの定着傾向や離脱パターンを明らかにする強力な手法です。プロダクトの改善や施策の効果測定において、非常に有効な示唆を得ることができます。

しかし、分析を始めるにあたり、「具体的にどのようなデータが必要なのか」「どうやってデータを準備すれば良いのか」といった疑問をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。データ活用の経験があるプロダクトマネージャーの皆様にとっても、コホート分析特有のデータ要件は理解しておくべき重要なポイントです。

本記事では、コホート分析を実施するために最低限必要なデータ項目とその考え方、そしてデータ準備の基本的なステップについて解説します。

コホート分析の基本とデータ

コホート分析は、ユーザーを何らかの基準でグループ分けし、そのグループのその後の行動を追跡します。この「グループ分け」と「追跡」に、特定のデータが必要になります。

コホートの定義に必要なデータ

コホートを定義する方法はいくつかありますが、代表的なものとして「期間コホート」と「セグメントコホート」があります。

どちらの場合も、ユーザーを一意に識別するためのユーザーIDは必須です。匿名ユーザーの行動を追跡する場合は、ブラウザ単位のIDなどが代替として用いられることもありますが、クロスデバイスでの追跡やより正確なユーザー理解のためには、ログインIDのような永続的なユーザーIDの設計が望ましいです。

追跡する行動に必要なデータ

定義したコホートが、その後どのような行動をとったかを追跡します。この追跡対象となるのは、一般的にサービスの利用継続を示すイベントや、特定の機能利用、購入などの重要行動です。

これらのデータが揃っていることで、「2023年4月に登録したユーザー群(コホート)のうち、登録から1週間後にログインしたユーザーの割合(継続率)」といった分析が可能になります。

コホート分析に必要な具体的なデータ項目

上記を踏まえ、コホート分析の実施に必要となる主要なデータ項目をまとめます。

  1. ユーザー識別子 (User ID):

    • 各ユーザーを一意に識別するためのIDです。ログインID、内部ユーザーIDなどが該当します。匿名ユーザーの場合は、Cookie IDやデバイスIDなどが代替として使われることがあります。
    • 重要性: 異なる行動データを同一ユーザーに紐付け、経時的な行動を追跡するために最も重要な要素です。
  2. イベント名 (Event Name):

    • ユーザーがプロダクト内で起こした具体的な行動を示す名称です。例えば、「登録完了」「ログイン」「商品閲覧」「購入完了」「特定の機能利用」などです。
    • 重要性: ユーザーが何をしたかを特定し、コホートの定義や追跡対象の行動を区別するために必要です。
  3. イベント発生日時 (Event Timestamp):

    • そのイベントがいつ発生したかを示す正確な日時情報です。タイムゾーン情報も含めることが推奨されます。
    • 重要性: コホートの定義(例: 初回イベントの発生日時)や、コホート定義後のユーザーの行動を時間軸に沿って追跡するために不可欠です。
  4. イベントプロパティ (Event Properties)(任意):

    • 特定のイベントに関連する詳細情報です。例えば、「購入完了」イベントであれば、「商品名」「価格」「カテゴリ」、「ページ閲覧」イベントであれば「ページURL」「参照元」などが該当します。
    • 重要性: より詳細な分析を行う場合に有用です。例えば、特定の流入元からのユーザーコホートの継続率を分析したり、特定カテゴリの商品を購入したユーザーコホートのその後の行動を追跡したりする場合に使用します。
  5. ユーザー属性 (User Properties)(任意):

    • ユーザー自身に関連する静的または変動の少ない情報です。例えば、「登録日」「居住地域」「年齢層」「利用プラン」「初回購入日」などが該当します。
    • 重要性: 特定の属性を持つユーザーコホートを定義したり、分析結果を特定の属性でセグメントして比較したりする場合に有用です。

これらのデータ項目が、ユーザーの行動ログやデータベースに記録されていることが、コホート分析を始める上での基本的なデータ要件となります。

データ準備の基本的な考え方とステップ

必要なデータ項目が明確になったら、次は実際に分析可能な形にデータを準備する必要があります。

  1. 分析目的の明確化:

    • どのようなユーザー行動の変化を知りたいのか、どのような施策の効果を測定したいのか、具体的な分析目的を明確にすることから始めます。この目的によって、どのイベントを「コホート定義」に使うか、どのイベントを「追跡行動」とするか、どの「属性」でセグメントするかなどが決まります。
    • 例: 「無料登録ユーザーが、登録後7日以内に有料プランにアップグレードする割合とその後の継続率を知りたい」→ コホート定義: 無料登録イベント、追跡行動: 有料プランアップグレードイベント、その後のログイン/利用イベント。
  2. 必要なデータ項目の洗い出しと確認:

    • 明確になった目的に沿って、上記の主要データ項目の中から具体的にどの情報が必要かを洗い出します。そして、それらのデータが現在どこにどのような形式で存在するかを確認します。
    • データソース: アプリケーションデータベース、ウェブサイト/アプリの行動ログ、BIツールに連携済みのデータ、CRMツール、Google Analytics/Firebaseなど。
  3. データ収集・連携方法の検討:

    • 必要なデータが複数の場所に分散している場合は、どのように収集し、統合するかを検討します。データウェアハウスに集約したり、ETL/ELTツールを利用してデータを連携したりする方法があります。
    • リアルタイム性をどこまで求めるかによって、適切な方法が変わってきます。
  4. データの前処理と整形:

    • 収集したデータは、そのままでは分析に適さない場合があります。以下のような前処理が必要になります。
      • データ形式の統一: 日時形式、数値形式などを揃えます。
      • 欠損値の処理: 必要なデータが欠けている場合の対応を検討します。
      • ユーザーIDの紐付け: 異なるデータソース間でユーザーIDを一致させる処理を行います。
      • ノイズデータの除去: 分析に関係ないデータや異常値を取り除きます。
    • このステップは分析の正確性に直結するため、非常に重要です。
  5. 分析環境へのロード:

    • 前処理済みのデータを、利用する分析ツールやデータベースにロードします。BIツールによっては、特定のデータモデル(スター型スキーマなど)が推奨される場合があります。
    • Google AnalyticsやFirebaseなどのツールは、あらかじめ定められたデータモデルに基づいてデータを収集・蓄積しているため、比較的簡単にコホート分析機能を利用できます。

データ品質の重要性

コホート分析の結果は、データの正確性と網羅性に大きく依存します。ユーザーIDが欠落していたり、イベントのログが一部取れていなかったり、日時の記録が不正確であったりすると、分析結果に歪みが生じ、誤った示唆を得るリスクがあります。

データ収集の設計段階から、以下の点に注意することが望ましいです。

結論

コホート分析は、プロダクトの成長にとって不可欠なユーザー行動理解を深める強力な手段です。しかし、その効果を最大限に引き出すためには、分析の目的に合致した適切なデータを準備することが不可欠です。

本記事でご紹介した必要なデータ項目とデータ準備の考え方を参考に、まずは自社のデータ状況を確認してみてください。すべてのデータが完璧に揃っていなくても、既存のデータを使ってスモールスタートで分析を始めることも可能です。分析を進める中で、どのようなデータが不足しているのか、どのように改善すべきかが見えてくるはずです。

データ準備は分析の第一歩であり、最も基礎となる部分です。この基礎をしっかりと築くことで、コホート分析から得られるインサイトの質は大きく向上し、より効果的なプロダクト改善へと繋がっていくでしょう。